【一般選抜】青山学院コミュニティ人間科学部2024小論文の解答解説 / 子ども食堂と縁食
青山学院のコミュニティ人間科学部(College of Community Studies)は、慶應同様小論文の個別試験が実施されます。
そのため、生徒から要望があった場合は、問題解説記事を作成しています。

青山学院コミュニティ人間科学部は小論文1教科
個別より全学部入試の方が募集人数の多い、珍しい学部です。
個別入試は小論文1科目のみで実施され、試験日は2月11日と比較的早めです。そのため、共通テスト(特に英語・国語)の出来次第では、慶應の併願先として検討しやすい学部だと言えます。
キャンパスは相模原ですが、青山キャンパスへの強いこだわりがなければ、社会系・人文系志望者にとって十分に狙い目の学部です。
2024年の問題形式
2024年度の問題は、「子ども食堂」をテーマとした文章を読み、2以下の設問に答える形式でした。
問1:下線部(「縁食」がはらむ弱目的性と解放性)の意味するところを、80字以上100字以内で説明しなさい。
問2:「子ども食堂」の可能性と課題について、この文章を踏まえつつ、あなたの考えを600字以上800字以内で論じなさい。
課題文と著者:縁食論―孤食と共食のあいだ
出典は、藤原辰史『縁食論―孤食と共食のあいだ』(ミシマ社)でした。
京都大学の教員で、著書だけではなくさまざまな媒体で発信をしています。
関連する動画をいくつか紹介しますので、ラジオ代わりに移動しながら聞いてみてください。
課題文の要約
※本文の掲載はできないため、以下は要旨です。
近年急増している子ども食堂は、単なる「貧困家庭支援の場」としてではなく、人と人とがゆるやかにつながる新しい公共空間として捉えることができる。
子ども食堂は、貧困対策という目的を持ちながらも、それだけに限定されず、地域の交流の場、居場所、さらには支える側の大人にとっても救いの場として機能している。このように、あえて目的を一つに強く定めず、やんわりと複数の目的に目配せする性質を、筆者は「弱目的性」と呼んでいる。
また、子ども食堂は、来たいときに来て、来たくなければ来なくてよい場所であり、既存の組織のような強い共同体意識や義務を伴わない。この、誰に対しても開かれた自由さや出入りのしやすさは、子ども食堂が持つ「解放性」として評価できるものである。
ボランティアの善意が国家の社会保障の欠陥を補完しているにすぎないという批判もあるが、食を媒介にした理屈抜きの率直な関係性は、既存の枠組みを超えた新しい公共空間を創造する可能性を秘めている。子ども食堂は、孤食でも共食でもない、その「あいだ」にある新しい食の形=「縁食」を体現しているのである。
問1 解説:「縁食」がはらむ弱目的性と解放性とは?
問1:下線部(「縁食」がはらむ弱目的性と解放性)の意味するところを、80字以上100字以内で説明しなさい。
下線部にある「弱目的性」「解放性」を子ども食堂の姿に結びつけて説明する問題です。
筆者の主張する、従来とは異なる点に注目してください。
弱目的性:貧困救済という単一の強い目的に絞らず、交流などの複数の目的に緩やかに目配せする。
解放性:家族や特定の属性に縛られず、誰でも来たい時に来られる自由な場である。
| 項目 | 従来の考え方(強目的・閉鎖的) | 縁食のあり方(弱目的・解放的) |
|---|---|---|
| 活動目的 | 貧困対策・教育など、単一で明確な目的を強く設定 | 交流・居場所・ダベリ場など、複数の目的をゆるやかに含む |
| 参加の枠組み | 家族・学校・特定の困窮者など、対象が限定される | 地域の誰でも参加でき、出入りも自由 |
| 関係性の形 | 強い紐帯による共食、または孤立した孤食 | 義務に縛られない、緩やかでドライなつながり |
| 参加の姿勢 | 役割・責任・継続参加が求められやすい | 来たいときに来て、来なくてもよい |
問1: 解答例
貧困対策という単一の目的に限定せず、地域の交流などの複数の目的に目配せする弱目的性と、家族等の枠を超え、誰もが来たい時に集える自由で開かれた解放性を併せ持った、新しい食のあり方のこと。(92字)
問2:「子ども食堂」の可能性と課題とは?
問2「子ども食堂」の可能性と課題について、この文章を踏まえつつ、あなたの考えを600字以上800字以内で論じなさい。
問1では、縁食とは何か(=弱目的性・解放性)を説明しました。
つまり筆者は、子ども食堂を
- 強い目的に縛られない
- 自由に出入りできる
- ゆるやかなつながりを生む場
として評価しています。したがって問2では、
- なぜそれが「可能性」なのか
- 逆に、その「ゆるさ」がどんな「課題」を生むのか
を、問1の内容と矛盾しない形で論じる必要があります。
| 項目 | 従来の考え方(強目的・閉鎖的) | 縁食のあり方(弱目的・解放的) |
|---|---|---|
| 活動目的 | 貧困対策・教育など、単一で明確な目的を強く設定 | 交流・居場所・ダベリ場など、複数の目的をゆるやかに含む |
| 参加の枠組み | 家族・学校・特定の困窮者など、対象が限定される | 地域の誰でも参加でき、出入りも自由 |
| 関係性の形 | 強い紐帯による共食、または孤立した孤食 | 義務に縛られない、緩やかでドライなつながり |
| 参加の姿勢 | 役割・責任・継続参加が求められやすい | 来たいときに来て、来なくてもよい |
自分の考えと具体例の出し方
子ども食堂の可能性の例
「文章を踏まえて」とあるので、課題文にある筆者の評価をそのまま使うと、ズレにくくなります。
- 食を通じて、血縁や義務に縛られない関係が生まれる
- 支援される側だけでなく、支える側の居場所にもなる
- 国家が用意する公共空間とは異なる、率直なつながりが生まれる
- 学校での自分(生徒)でもなく、家での自分(子)でもない、本来の自分でいられるサードプレイスとしての価値
- SNSのような文字だけの繋がりではなく、食事を共にする「率直さ」から生まれる安心感
子ども食堂の課題例
課題は出しますが、否定し過ぎず筆者と論調を合わせて方が書きやすいでしょう。
- ボランティアの善意(無料・安価)に頼りすぎると、運営が不安定になりやすい
- ゆるさゆえに、継続が難しい
- 国家の責任が見えにくくなる危険性がある
- 「あそこの家は貧乏だから行っている」というレッテルを貼られると、逆に通いにくくなる
全部書く必要はありません。2つくらいで十分です。
自分の意見を書く
ここで大事なのは、「子ども食堂は良い/悪い」と極端な意見に走らないことです。
以下のような理想論、全否定な意見はどれも極端な主張となるのでNGです。
- 子ども食堂は素晴らしいので、もっと増やすべきだ
- 貧困をなくすには国が全部やるべきだ
- みんなが助け合えば解決する
設問にある可能性と課題を整理して、その上でバランスをとった結論を書くようにしてください。
問2:"現実的な"解答例
試験時間は60分。しかも高校生が書く答案です。
そのため、解答の目標は、採点者が唸る答案ではなく、高校生でも書ける且つ十分合格点のもらえる無難な答案としています。
そのため以下の解答例は、生徒の答案をリライトしたもの掲載しています。
解答例1
私は、この子ども食堂には二つの可能性があり、同時に二つの課題があると考える。
まず可能性の一つ目は、日本の貧困問題を緩和できる点である。本文では7人に1人が貧困状態と述べられており、子どもの貧困は深刻化している。そうした中で、地域のボランティアが無償または安価で食事を提供する子ども食堂は、家庭の経済状況に関わらず子どもが安心して食事をとれる貴重な場となる。二つ目の可能性は、地域の交流活性化である。子ども食堂では、支援される側だけでなく、支える側にも新しい役割が生まれ、本文にあるように心の拠り所にもなっている。家族や学校とは異なる、ゆるやかで程よい距離感のつながりが生まれる点は、現代社会において大きな意義があると言える。
一方で、解決すべき課題も存在する。一つ目は、運営の安定性が低いことである。子ども食堂は多くがボランティアによって支えられているため、運営費や人手不足が起こりやすい。本来、貧困や労働環境などの問題は国家が取り組むべきものであり、地域だけに責任が押し付けられる状況は長続きしない。二つ目の課題は、子ども食堂が国家の社会保障の欠陥を補う補助機関とみなされてしまう危険性である。地域の善意が当然視されれば、貧困問題の根本的な解決が後回しにされる可能性がある。
しかし、これらの課題を乗り越え、行政が一定の支援を行いながら、子ども食堂の弱目的性や解放性を守ることができれば、子ども食堂は今後も地域社会にとって重要な拠点になるだろう。ゆるやかなつながりを生み出す縁食の場として、子どもも大人も孤立しない社会を築く役割を果たすと考える。
(794字)
解答例2
子ども食堂は、貧困家庭の子どもを支援する場として生まれたが、筆者が述べているように、それだけに目的を限定しない点に大きな意義がある。地域の子どもや大人が気軽に集まり、食事を通して交流するという弱目的性と、来たい時に来て来なくてもよい解放性によって、子ども食堂は孤食でも共食でもない縁食を実現しているといえる。
一方で、子ども食堂には課題もある。多くの食堂が、運営費や人手不足に悩まされ、地域のボランティアの善意に支えられている現状がある。このような状態が続けば、本来は国家や行政が担うべき貧困対策の責任が、地域に押し付けられてしまう危険性も否定できない。活動を続ける人の負担が大きくなれば、継続が難しくなる可能性もある。
しかし、それでも子ども食堂の可能性は大きい。食事を共にするという単純な行為を通じて、人と人が率直に関わることができる点は、現代社会では貴重である。例えば、学校の放課後に自由に過ごせる場所があると、生徒は特別な目的がなくても安心して集まることができる。子ども食堂も同様に、貧困対策という看板を強く意識させないからこそ、誰もが気兼ねなく参加できる居場所となり得る。
今後、子ども食堂をより良いものにしていくためには、行政による財政的支援などで運営の負担を軽減しつつ、その自由で開かれた雰囲気を守ることが重要である。管理や義務で人を縛るのではなく、食を通じたゆるやかなつながりを大切にすることで、子ども食堂は多くの人にとって必要な場であり続けると考える。
(632字)
解答例3
子ども食堂が全国で普及している背景には、子どもの貧困問題の深刻化がある。筆者が指摘するように、子ども食堂は貧困対策という強い目的を持つ一方で、地域の交流の場としての弱目的性を併せ持つ二本足の実践である。私は、この子ども食堂が持つ可能性と課題について次のように考える。
まず課題として挙げられるのは、民間のボランティア活動が国家の社会保障の欠陥を補う補助機関に留まってしまう危険性だ。本来、貧困や労働条件の改善は政治が責任を持つべき課題である。地域の善意に依存しすぎることで、抜本的な解決のための議論が後回しにされてしまう懸念がある。また、運営費や人員不足という現実的な問題も、活動の持続可能性を阻む大きな壁となっている。
しかし、子ども食堂には、そうした課題を上回る大きな可能性がある。それは、効率や義務を重視する現代社会において、食を通じて人と人が率直に交わる公共空間を創造している点だ。筆者が提唱する縁食というあり方は、家族や学校といった固定された枠組みを超え、適度な距離感を保ちながら他者とつながることを可能にする。来たい時に来て、来たくなければ来ないという解放性があるからこそ、孤食に悩む人々にとって心理的なハードルの低い居場所となり得るのだ。
結論として、子ども食堂は単なる福祉の代替品ではなく、私たちが新しい人間関係を築き直すための重要な拠点である。行政は財政的支援を行いながらも、その自由な場としての性質を損なわないよう配慮すべきだ。公的な支援と、縁食が持つ緩やかな繋がりの両立が実現したとき、誰もが孤立せずに生きられる社会が実現すると考える。
(676字)
解答例4
子ども食堂は、貧困家庭を支援する役割だけでなく、地域の誰もが立ち寄れる居場所としての役割を担っている。筆者はこの試みを、孤食でも共食でもない、そのあいだにある縁食の体現であると述べている。私は、この新しい食のあり方に現代社会の閉塞感を打ち破る可能性を感じる。
まず、子ども食堂の課題は、活動の継続性にある。多くの食堂が運営費や人員の不足に悩まされている現状は、地域のボランティア精神という個人の善意に頼りすぎていることの現れである。国家の経済政策の矛盾を地域が肩代わりしているという批判は真摯に受け止めるべきであり、行政による安定的なバックアップ体制の構築が不可欠である。
一方で、子ども食堂の最大の可能性は、その解放性が生み出す居心地の良さにある。例えば、私の学校でも放課後に自由に使えるラウンジがあるが、そこには特定の目的も強制も存在しない。そうした何をしてもしなくてもよい場所があるだけで、生徒たちは救われた気持ちになる。子ども食堂も同様に、貧困対策という看板を前面に出しすぎない弱目的性があるからこそ、家庭や学校で息苦しさを感じる子どもたちが、レッテルを貼られることなくただのご飯を食べる人としてリラックスできるのだ。このような、ラベルで人を判断しない率直な結びつきは、新しい地域の絆になり得る。
子ども食堂を継続させていくためには、運営側の負担を減らす公的なサポートと、参加側の自由を尊重する空気の両方が必要だ。管理や義務で人を縛るのではなく、食を通じて多面的な自分を受け入れてもらえる場を地域に増やすこと。それこそが、孤立を防ぎ、多様性を認め合う社会を作る第一歩になると考える。
(692字)
投稿者

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