【一般選抜】青山学院コミュニティ人間科学部2025小論文の解答解説
青山学院のコミュニティ人間科学部(College of Community Studies)は、慶應同様小論文の個別試験が実施されます。
そのため、生徒から要望があった場合は、問題解説記事を作成しています。

青山学院コミュニティ人間科学部は小論文1教科
個別より全学部入試の方が募集人数の多い、珍しい学部です。
個別入試は小論文1科目のみで実施され、試験日は2月11日と比較的早めです。そのため、共通テスト(特に英語・国語)の出来次第では、慶應の併願先として検討しやすい学部だと言えます。
キャンパスは相模原ですが、青山キャンパスへの強いこだわりがなければ、社会系・人文系志望者にとって十分に狙い目の学部です。
2025年の問題形式
2025年度の問題は、地域活動に関する文章を読み、2つの設問に答える形式でした。
聞かれてる事は概ね以下の通りです。
問1:PTAといった地域活動がなぜ人気がないのか?(80〜100字)
→課題文に書いてあるので、筆者の考えの理解、現代文的な力が問われる。
問2:地域活動の人気を高めるために何をすべきか?(600〜800字)
→文章を踏まえたうえで、自分の意見や視点から地域活動のあり方を論じる
課題文の要約:あそびの生まれる時
出典は西川正氏の『あそびの生まれる時 「お客様」時代の地域活動コーディネーション』から出題。
課題文をそのまま掲載することはできませんが、要旨としては以下の通りです。
筆者は20年にわたる地域活動を通じ、多様な人々が試行錯誤しながら活動をつくる魅力に触れてきた 。しかし現代では、特に若い世代の間で地域活動に対する強い忌避感や負担感が広がっている 。コロナ禍はこの活動の価値を改めて問う機会となったが、同時に活動の停滞や団体の解散も招いた 。
ある学童保育所では、清掃活動の欠席者に「罰金」を科す案が浮上した 。この発想の背景には、現代社会の「自己責任」論がある 。本来「みんなの問題」であるはずの活動が、ルール化によって「個人の責任」へと変質し、社会的な問題を構造的に捉える視点が弱まっているのだ 。
孤立したまま不本意な負担を強いられる経験は、他者の不参加を「ずるい」と攻撃する心理を生む 。地域組織の本来の目的が「住民の良好な関係づくり」であるならば、こうした罰則や義務による「正しさ」の強制は、かえって住民の忌避感を強めるという逆効果を招いている 。
問1 解説:地域活動はなぜ人気がないのか?
問1:下線部(いま地域の活動はほんとうに人気がない)のような状況になる理由について、筆者の考えを80字以上100字以内で説明しなさい。
下線部が生まれる理由をまとめます 。
以下の対比構造を理解すると書きやすくなります。
問1では右の人気がない理由を、問2では左のあるべき理想像に関連した事を書いていきます。
| 項目 | あるべきの理想像 | 現状(人気がない理由) |
| 活動の目的 | 良好な関係づくり(つながり) | 公平な負担の分配(管理・義務) |
| 問題の捉え方 | 「みんなの問題」(社会・構造的) | 「個人の問題」(自己責任論) |
| 運営スタイル | 試行錯誤・わきあいあい | ルール・罰金による管理 |
| 参加者の心理 | 自発性・いつか気づくという寛容 | 負担感・「ずるい」という恨み |
対比構造がまとめられたら、(今回は右側を)論理的に繋いていきます。
1.活動の本質の変化(手段の目的化)
本来は「良好な関係づくり」「わきあいあいとした交流」が魅力だったはずが、いつの間にか「公平に負担をこなすこと」が目的になってしまっている。
2.自己責任論
「みんなの問題」を解決するはずの場が、罰金などの「個人の損得や責任」を問う場になり、心理的なハードル(忌避感)を高めている。
3.負担感
孤立した個人にとって、納得感のない義務は単なる負担でしかなく、ネットで「PTA死ね!」と書かれるような強い拒絶の対象になっている。
問1:解答例
例1
地域活動が本来は「みんなの問題」であるにもかかわらず、自己責任意識の浸透によって個人の負担として捉えられ、ルール化や罰則による管理が進むことで負担感や不安が増し、人々が関わることを避けるようになるため。
例2
地域の活動が、本来の目的である「良好な関係づくり」ではなく、不本意な負担をルールや罰則で管理・配分する場へと変質し、自己責任としての重圧や拒絶感(忌避感)を住民に与えているため。
問1で「なぜ人気がないのか?」の理由を問われているので、構造的な原因(=良好な関係づくりが消え、義務とルールの場になった)をメインに据えるのが良いでしょう。
特に以下に注意してください。
- 原因を個人の問題ではなく、社会的価値観(自己責任)に置けているか
- 「みんなの問題 → 個人の問題」という転換を捉えているか
- 結果として分断・対立が生じる流れを説明できているか
また以下は筆者の主張ではなく、受験生の感想なのでNG解答です。
✖️ 参加しない人の意識が低い
✖️ ルールが厳しすぎる
✖️ 若い世代が忙しい
問1:問2への接続
問1で「人気がない」理由が分析できれば、それをひっくり返すのが問2「人気を高めるにはどうすればいいか?」の解答です。。
- 問1(原因): ルールと罰則で縛り、個人の負担にしているから人気がない。
- 問2(対策): だから、ルールで縛るのをやめ、筆者が言うような「いつか気づく時が来る」という寛容さを持ち、活動を「自分の生活を豊かにするもの(必要火急)」へと再定義しよう。など
それでは問2を見ていきましょう。
問2:地域活動の人気を高めるために必要なことは?
問1との一貫性と「この文章を踏まえつつ」
先ほども触れましたが重要なのでもう一度。
問1で「なぜ人気がないのか(=ルール管理や自己責任論による負担化)」を答えているので、問2ではその裏返しとして下図「あるべき理想像」へ向かう解決策として提示します。
- 原因: ルールと罰金による管理 → 対策: 柔軟な仕組みと居場所づくりetc
- 原因: 孤立と攻撃(ずるい) → 対策: 想像力と寛容さetc
| 項目 | あるべきの理想像 | 現状(人気がない理由) |
| 活動の目的 | 良好な関係づくり(つながり) | 公平な負担の分配(管理・義務) |
| 問題の捉え方 | 「みんなの問題」(社会・構造的) | 「個人の問題」(自己責任論) |
| 運営スタイル | 試行錯誤・わきあいあい | ルール・罰金による管理 |
| 参加者の心理 | 自発性・いつか気づくという寛容 | 負担感・「ずるい」という恨み |
「この文章を踏まえつつ」という指定があるため、図中のキーワードを自分の文章に組み込むと、読解力の高さ(課題文ちゃんと理解してますアピール)を示せます。
自分の考えと具体例
どうすれば「負担」を「価値」に変えられるか、提案を書きます。
筆者の地域活動は身近ではないかもしれないので、例えば、
- 学校や部活動で...
- 一律の当番制や役割固定が不満を生む
- 得意な人が、できる時に関われる「余白」があると、協力が生まれる
- ボランティア活動で...
- 「正しい行い」を強要されると続かない
- 交流そのものが楽しく、個人の充足感につながると、参加が自然に続く
といった例を出すと良いでしょう。
さらに「排除の論理」を克服するためのマインドセットを提案します。
- 「不参加=ずるい」ではなく「お互い様」と思える寛容さの醸成。
- 活動を「効率的」に進めることよりも、対話を通じて「見えない事情」を想像し合う時間の重要性 。
を入れていきます。
問2:"現実的な"解答例
試験時間が60分、且つ高校生が書くとなると、誰もが唸る素晴らしい答案は現実的ではありません。
目指すべきは、"無難だが合格には十分"な答案レベルです。
練習すれば到達可能なレベルに調整してありますので、参考までにどうぞ。
解答例(抽象論)704字
地域の活動が敬遠されている理由は、筆者が指摘するように、本来は人と人とのつながりを作る場であったはずの活動が、「公平に負担を分け合うこと」を重視する場へと変わってしまった点にある。現代の社会では、地域の問題が「みんなの問題」として考えられにくくなり、参加できない人は「自己責任」として見られがちである。その結果、地域活動は生活を豊かにするものではなく、「やらされる負担」として受け取られ、人気を失っているのだと考える。
この状況を改善するために、第一に、地域活動を「義務」ではなく「参加しやすい居場所」として捉え直すことが必要だ。筆者が紹介している学童保育の大掃除のように、参加する人が自然に交流できる活動であれば、参加そのものに意味を見いだしやすい。全員が同じ形で関わることにこだわるのではなく、参加できる人が、できる時に、できることをする仕組みを整えることで、活動への心理的な負担は軽くなる。
第二に、「参加しない人を責めない」考え方を広げていくことが重要である。「やらないのはずるい」という気持ちは、自分自身も余裕を失っていることから生まれる場合が多い。罰金などのルールで人を縛るのではなく、筆者が述べるように「いつか気づく時が来る」と相手を信じる姿勢が、無理のない関わり方を可能にする。地域活動が困った時に助け合える場だと感じられれば、人々は自然と関わろうとするだろう。
地域活動の人気を高めるためには、決まりごとで人を動かすのではなく、一人ひとりの事情や考えを尊重することが大切である。対話を通じて「自分たちのための活動」だと実感できるようになったとき、地域の活動は再び人を引きつけるものになると考える。
解答例(具体的) 746字
地域の活動が敬遠される理由は、筆者が述べているように、人と人とのつながりを作る場であったはずの活動が、「公平に負担を分けること」を重視する場へと変わってしまった点にある。地域の課題が「みんなの問題」として考えられにくくなり、参加できない人は「自己責任」と見なされがちである。その結果、地域活動は生活を豊かにするものではなく、「やらされている負担」として受け取られ、人気を失っているのだと考える。
この状況を改善するために、第一に、地域活動を「義務」ではなく「参加しやすい場」として考え直すことが必要だ。例えば、私の高校の文化祭準備では、当初、全員が同じ時間に作業する決まりがあった。しかし、部活動や家庭の事情で参加できない生徒への不満が生まれていた。そこで、得意な人が装飾を担当し、時間に余裕のある人が準備を進める形に変えたところ、作業は円滑に進み、雰囲気も良くなった。このように、できる人ができる時に関われる仕組みは、参加への心理的な負担を軽くする。
第二に、参加しない人を責めない考え方を広げることが重要である。地域の清掃活動などでも、参加できない人に対して「やらないのはずるい」と感じてしまうことがある。しかし、体調や家庭の事情など、外からは分からない理由を抱えている場合も多い。罰金や強制で人を動かすのではなく、「今回は無理でも次がある」と声をかけ合うことで、活動への抵抗感は小さくなる。筆者が述べるように、相手を信じて待つ姿勢が、無理のない関わり方を生む。
地域活動の人気を高めるためには、決まりごとで人を動かすのではなく、一人ひとりの事情を想像し合うことが大切である。対話を重ね、「自分たちのための活動」だと感じられるようになったとき、地域の活動は再び人を引きつけるものになると考える。
解答例(具体的2)721字
地域の活動の人気を高めるためには、それを「義務」や「負担」として管理する考え方を改め、人と人とのつながりを作る場として見直すことが必要だと考える。筆者が指摘しているように、現在の地域活動では、地域の問題が「みんなの問題」として考えられにくくなり、「自分でやるべきだ」という自己責任の考え方が強まっている。その結果、活動は助け合う場ではなく、お互いを責め合う場となり、特に若い世代の間で強い拒否感が生まれている。
例えば、PTA活動で、共働きなどの事情を考えずに全員に同じ当番を割り当てるルールがあると、参加できない人に対する不満や「ずるい」という気持ちが生じてしまう。本来、地域の活動は、筆者が学童保育で経験したように、得意な人が活躍したり、みんなで楽しく汗を流したりする、自然な交流の場であったはずである。
そこで大切なのは、全員が同じ形で参加することを求めない姿勢である。集まりに参加できない人は連絡係を担当したり、忙しい時期は無理に参加しなくてもよいと認めたりするなど、柔軟な関わり方を用意することが考えられる。一人ひとりの事情を尊重し、「できる時に、できることをする」という雰囲気があれば、地域活動は個人の負担ではなく、再び前向きなものとして受け止められるようになる。
また、地域活動の価値を「楽しさ」という視点から考え直すことも重要である。活動を通して新しい知り合いができたり、自分の得意なことが誰かの役に立ったりする経験があれば、参加は義務ではなく、自分自身にとって意味のあるものになる。地域活動が人を縛る負担ではなく、互いの事情を思いやれる場として感じられるようになったとき、自然と多くの人が参加したいと思う「人気のある活動」へと変わっていくと考える。
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