【一般選抜】青山学院コミュニティ人間科学部2021小論文の解答解説
青山学院のコミュニティ人間科学部は、慶應同様小論文の個別試験が実施されます。
そのため、生徒から要望があった場合に限り、解説記事を作成しています。

青山学院コミュニティ人間科学部
個別より全学部入試の方が募集人数の多い珍しい学部です。
個別入試は小論文一本。入試も慶應の前(2月11日)のため、共通テスト(英語と国語)の点数次第では併願しやすい学部です。
惜しむらくは相模原キャンパスですが、青山キャンパスにこだわらないのであれば狙い目です。
問題の形式
伊藤亜紗氏の文章を読み、「筆者の捉え方の要約」と「自身の考え」の二段構成で論じるものです。
この問題は、大きく分けて2つのタスクを要求しています。
- 筆者の多様性の捉え方をまとめる(要約)
- それに対する自分の考えを述べる(論述)
配分としては、要約に3割(300字程度)、自分の考えに7割(700字程度)を使うのがバランスが良いでしょう。
試験時間60分で900字〜1000字は一見大変そうですが、課題文も論旨がはっきりしており、要約除いた小論箇所が600~700字と考えれば、標準的な難易度と言えそうです。
問題文の要約:あふれる「多様性」を疑う 「まるごとのあなた」を
出典は伊藤亜紗氏が2019年に書いたコラムから。
課題文をそのまま掲載することはできませんが、要旨としては以下の通りです。
筆者は、ボストンでの在外研修から帰国後、日本社会に「多様性」という言葉があふれていることに違和感を覚えます。日本ではオリンピックや企業広告、大学パンフレットなど、あらゆる場面で「多様性」や「ダイバーシティ」が強調されていますが、その実態には空虚さや表面的な演技を感じています。
一方、アメリカでは「多様性」という言葉自体はあまり使われず、「ブラック・ライヴズ・マター」や「ヘイト・ハズ・ノー・ホーム・ヒア」といった、より具体的で力強い言葉が使われていると述べています。日本の現状はむしろ「分断」が進行しており、障害者議員への批判や芸術展への抗議、国際関係の冷え込みなど、多様性を尊重する精神が感じられないと指摘します。
筆者が本当に重要だと考える多様性は、「人と人の違い」ではなく、「ひとりの人間の中にある多様性」です。MITで見かけた「Be your whole self.(まるごとのあなたでいなさい)」という言葉を例に挙げ、個人が持つ複数の側面を隠さずに出せること、そしてそれが強みになる社会こそが本当の多様性だと主張します。人を単純なラベルで分けるのではなく、誰もが多面的であることを認め合い、相手の見えない側面にも敬意を払い、共通点と差異の両方を見出していく姿勢が大切だと結論づけています。
第1段落: 筆者の考えをまとめる(約300字)
上記の要約から大事な箇所、特に以下の3点を解答に盛り込みます。
・日本の現状への疑念: 「多様性」が空虚なキャンペーンや演技(フリ)になっており、実際には分断が進んでいる。
・「whole self(まるごとのあなた)」: 多様性とは、特定の属性(人種、専攻、性別など)をバラバラに扱うのではなく、それらをすべて抱えた「一人の人間」を肯定すること。
・ラベリング: 他者との違い(ラベリング)に目を向けるのではなく、一人の中にある多面性に注目し、見えない部分に敬意を払うことが重要。
現代文の様に、項目を表にまとめると可視化しやすいです。
| 項目 | 筆者が批判する「多様性」 | 筆者が提唱する「真の多様性」 |
|---|---|---|
| 性質 | 「空虚な演技」「標語」 表面的で実態が伴わない | 生きた優しさや寛容さ 実際の行動や態度に根ざしたもの |
| 視点 | 人と人の違い(外部との比較) 「○○な人」とラベリングしがち | ひとりの人間の中にある多様性 個人の多面的な側面を認める |
| 結果 | ラベリングや対立(賛成/反対)を生む 分断を助長する | 「まるごとの自分」を強みとして出す 個性や多面性が活かされる |
| 向き合い方 | バラバラな現状の肯定に留まる 本質的な変化や共生には至らない | 見えていない側面に敬意を払う 共通点と差異の両方を見出す姿勢 |
第2段落:自分の意見と具体例(約300字)
筆者の意見への賛否と、その理由をかきましょう。
自分の経験や具体的な社会問題(福祉、教育、多文化共生など)を例に挙げます。
身近な例を考えてみましょう。
学校生活・友人関係の例
部活動やクラスでの「キャラ」による決めつけ。
学校では「真面目な委員長」「スポーツ万能な選手」といった特定のラベルで評価されがちである。しかし、実際にはその人にも「家では料理が好き」「実はアニメに詳しい」といった異なる側面がある。
ボランティア・福祉の例
高齢者施設や障害者支援でのボランティア体験。
接する前は「支援を必要とする弱者」というラベルだけで相手を見ていた。しかし、実際に話をしてみると、素晴らしい職業経験や深い知識、豊かな個性を持っていることに気づかされた。
多文化共生・国際理解の例
外国人ルーツを持つクラスメートや、地域での交流。
外国人ルーツを持つ友人に対し、「外国人だから〇〇が得意だろう」「日本文化を知らないだろう」といったステレオタイプ(偏見)で接してしまうことの危うさ。
国籍という属性ではなく、その人の個性や日本での生活背景など、見えていない側面に目を向ける大切さを論じる。
具体例は筆者の主張とリンクさせる
これらの例を出すときは、単に「こんなことがありました」で終わらせず、必ず筆者の主張とリンクさせるようにしてください。
構成例:
- 賛成の表明: 「私は、筆者の『一人の中にある多様性』を重視する考えに賛成だ」
- 一般論: 「なぜなら、私たちは効率的に人を判断しようとして、安易にラベルを貼ってしまいがちだからだ」
- 具体例: 「例えば、私の部活動での経験では……(具体的なエピソード)」
- 筆者の言葉へ繋げる: 「この経験から、筆者が言うように、目の前の人の『見えていない側面』を想像することが、本当の意味での寛容さに繋がると感じた 」
第3段落:本当の多様性を実現するための提案(約300字)
自分の考えをさらに深める段落ですが、どうすれば筆者の言う「本当の多様性」が実現できるか、自分なりの提案を書くと良いです。
とは言え簡単に解決できる問題でもないので、
- 「効率的に相手を判断するのをやめ、時間をかけて対話する」
- 「相手の背景を想像する心の余裕を持つ」
- 「地域の中で、誰もが複数の顔を出せる場所を作る」
など、精神面や抽象的といった"無難な"解答でもそれなりの点数は取れるはずです。(さらに高得点を目指すなら別ですが)
第4段落
全体をまとめ、結論を書いて締めます。
解答例
参考までにどうぞ。
解答例1
筆者は、日本社会における「多様性」という言葉の氾濫に違和感を抱き、その表面的な使われ方を批判している。近年の日本では「多様性」がスローガンのように掲げられているが、その実態は「みんな違ってみんないい」と現状を肯定するだけの空虚な演技に陥っており、現実には分断や排除が進行していると指摘する。これに対し、筆者が重要視するのは「ひとりの人間の中にある多様性」である。それは、個人の持つ重層的な側面を切り離さず、「まるごとの自分(whole self)」として肯定し、相手の目に見えない側面にも敬意を払いながら、共通点と差異の両方を見出していく姿勢を指すのである。
私は、筆者の述べる「一人の中にある多様性」を尊重する考えに強く共感する。現代の日本社会では、効率性を重視するあまり、「〇〇な人」という単一のラベルで人を分類しがちである。しかし、本来人間は誰しもが多面的な存在だ。例えば、障害を持つ人も、単に「支援が必要な人」という側面だけでなく、ある分野の専門家であったり、豊かな趣味を持つ表現者であったり、家族を支える一員であったりと、多様なアイデンティティを内包している。こうした重なり合う側面を無視し、特定のラベルの中だけで相手を理解したつもりになることは、相手の尊厳を奪うだけでなく、筆者が危惧するように社会の分断を加速させる要因になるのではないか。
真に多様性が尊重される社会を実現するためには、まず私たちが、目の前の人には「自分には見えていない側面が必ずある」という前提に立ち、相手の複雑さに敬意を払う忍耐強さを持つべきである。表面的な属性による二項対立に逃げるのではなく、対話を通じて相手の「隠されたもの」に触れようとする努力こそが、共通点を見出し、共生を生み出す鍵となる。
多様性を単なる標語や流行語で終わらせてはならない。一人ひとりが自身の多面性を大切にし、他者の「まるごとの姿」を受け容れる寛容さを実際の行動へと反映させていくことが、これからのコミュニティ形成における大きな課題である。私は、誰もが特定の属性を隠すことなく表出できる土壌を地域から築いていくことで、生きた優しさが通い合う社会の実現に貢献していきたい。
解答例2
筆者は、現在の日本社会において「多様性」という言葉が、中身のない単なる流行語のようになっている現状を批判的に見ている 。東京オリンピックや企業の広告などでこの言葉が溢れる一方で、現実には障害者への批判や他国との関係悪化など、多様性とは正反対の「分断」が進んでいると指摘する 。筆者が考える本当の多様性とは、他人との違いを比べることではなく、「ひとりの人間の中にある多様性」のことである 。それは、ある人の一面だけを見てラベルを貼るのではなく、その人が持つ複数の側面を「まるごとの自分」として認め、大切にすることだ 。また、相手の見えていない部分に敬意を払い、自分との共通点と違いの両方を見つけていく姿勢が重要だと述べている 。
私は、筆者の述べる「一人の中にある多様性」の考え方に強く共感する。今の社会では、効率よく相手を理解しようとして、つい「あの人は〇〇部だから」「あの子は成績がいいから」といった一つの特徴だけで人を決めつけてしまいがちだ。しかし、一人の人間には必ず多くの側面がある。私自身の経験を振り返っても、学校では「生徒」であり、家では「子供」であり、趣味の場では「一人のファン」である。どれか一つの役割だけを自分のすべてだと思われて接せられると、どこか息苦しさを感じることがある。筆者が言うように、一つのラベルで人を判断することは、その人の「まるごとの姿」を見ようとせず、結果として心の距離や分断を生む原因になっているのではないか。
本当の意味で多様性が守られる社会にするためには、まず私たちが、目の前の相手には「自分に見えていない側面が必ずある」と想像することが大切である 。例えば、自分と意見が合わない人がいても、すぐに「敵」だと決めつけるのではなく、相手がなぜそう考えるのか、その背景にどんな経験があるのかを考える忍耐強さが必要だ。表面的な属性だけで判断するのをやめ、じっくりと対話を重ねることで、自分との意外な共通点が見つかることもある。そうした小さな歩み寄りが、人間関係を築く基本であると考える。
また、誰もが「まるごとの自分」を安心して出せる環境を、私たちの手で作っていくことも重要だ。制度として多様性をうたうだけでなく、身近なコミュニティの中で、お互いの複雑さや違いを面白がれるような心の余裕を持ちたい。一人ひとりが自分の多面性を認め、他者の見えない部分を大切にしようとする。こうした一人ひとりの意識の変化こそが、「多様性」という言葉に意味を持たせ、誰もが生きやすい社会を作る第一歩になると私は信じている。
投稿者

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