2025年 早稲田大学スポーツ科学部 小論文解答と解説「大学生は子どもか、大人か」―論点整理と高評価答案の作り方
早稲田大学スポーツ科学部は、
- 英語と国語(共に共通テスト)
- 総合問題(小論文を含む)
にて入試が行われます。
英語と国語と小論文。言い換えると、共通テストの古文漢文さえ勉強していれば、慶應SFCとの併願が可能な学部です。
多くはありませんが、例年慶應と併願する受験生がいますので、生徒の希望があった場合に限り、以下の解答解説を作成してます。
2025年スポ科の小論文問題と出題意図
問題:大学生は「子ども」なのか、それとも「大人」なのか。あなたの考えを601字以上1000字以内で述べなさい。
例年短い「テーマ型」の出題でしたが、入試改革が行われた2025年も変わらずテーマ型の出題でした。
出題意図
公式の出題意図をまとめたものがこちら。
- 人は誰しも子どもから大人へ成長するが、その過程で「大学生」はどの段階に位置づけられるのかを問う。
- 「子ども」と「大人」の定義から議論を始めてもよい。
- 中高では「生徒」、大学では「学生」と呼ばれる言葉の違いに注目してもよい。
- 法的な成人年齢が20歳から18歳に引き下げられた現代的な状況にも触れてよい。
- 身体的・精神的発達、社会的責任、「一人前」と見なされる条件など、多様な観点から論じてよい。
- 自身の経験や理想像も交えて、自由に議論することを期待している。
- 独自の探求、思考力、判断力、表現力を問う問題である。
この問題は、どちらが正しいのかを問う設問ではありません。
大学生とは何者かを、自分なりに定義し、筋道立てて説明できるかが問われています。
結論とポイント整理
先に、高評価答案のポイントを示しておきます。
定義:大人 = 制度(成人)+ 実態(一人前としての認知)
現状認識:大学生は制度上は大人、しかし実態は子どもに近い過渡期にある。
展望:大学での学びを通じて、実態を「大人」へと近づける努力が求められる。
以後詳しく解説します。
「大人」の定義を明確にする
この問題で最も重要なのは、「大人」という言葉を曖昧なまま使わないことです。
自分なりでいいので、先に「大人」定義し、その観点から議論を進めていきましょう。
優れた解答では、「大人」を次の二層構造で定義しています。
| 観点 | 内容 |
| 制度上の大人 | 法的な成人(18歳)。選挙権、契約の自由、自己責任の主体 。 |
| 実態としての大人 | 経済的自立、社会への貢献、他者に知識や技能を還元できる「一人前」の状態 。 |
NG答案は
- 「18歳だから大人」
- 「未熟だから子ども」
と短絡的に結論づける答案です。
しかし本問の核心は、制度上は大人でありながら、実態が追いついていない大学生の両義性にあります。
この「ズレ」を明確に言語化できれば、高評価の答案にすることができます。
制度のズレと「子どもでいること」のリスク
この「ズレ」を言語化してみると
- 大人としての権利は持っている
- しかし大人として求められる責任や実力が伴っていない
と言い換えることができます。
制度上の権利だけを持ち、責任や実力が伴っていない状態は、社会において不利な立場に置かれやすいです。
大学生を「まだ未熟だから守られている存在」として描くだけでは、議論は表面的なものに留まってしまいます。
自立を先送りにすることは、結果として搾取される側に回るリスクにさらされるため、議論としてより説得力のある文章になります。
スポ科小論はスポーツの話を入れるべきか
スポーツ科学部だからといって、必ずしもスポーツと結びつける必要はありませんが、無理に避ける必要もありません。
今回の議論をスポーツに当てはめると「他者に教えるできる知識・技能を持つか」という視点で論を進めることができます。
例えば...
- プレイヤーとしての自分
→ 指導され、支えられる立場(子ども) - コーチ・マネジメントの視点を持つ自分
→ 他者に働きかけ、成果を生み出す立場(大人)
逆の表現をすると
- 子ども: 指導され、支えられる立場。
- 大人: 自ら科学的知見を学び、成果を社会や他者に還元できる主体。
と置き換えることができます。
この構図を使って、「大学で科学的知見を学び、それを社会や他者に還元できる人間になる」と締めればいいでしょう。
リーダー育成を掲げるスポ科理念への適正と示すことができます。(解答の本質ではありません、あくまでフレーバー的要素です。)
【早稲田大学スポーツ科学部のディプロマ・ポリシー】
本学部は、スポーツ科学の学修を通じて、スポーツ界をはじめ各界のリーダーとなり世界に貢献しようとする高い志を持ち、多様な価値観を有する学生を育て、世界の平和と人類の幸福と安寧の実現に貢献することを目指す。
①多様な考え方を受容し、それをもとに個人やチームで物事を俯瞰的に把握して、人々に伝えるためのアカデミックスキルズ(基礎的な学修スキルやコミュニケーションスキル)
②スポーツ科学に関する専門知識、およびその知識をもとに多様な視点から物事を把握し、論理的に考え、分析する力
③スポーツ科学を軸として様々な課題に対して自ら興味を持ち、解決する実践・応用力
スポーツ科学部教育理念(https://www.waseda.jp/fsps/sps/about/policy/)より
※ディプロマ・ポリシーを答案中に直接書く必要も暗記する必要もありません。考え方の方向性として意識しておくと、学部との親和性が高まる、という話です。
解答例
以上をまとめると、先に触れたポイントになります。
定義:大人 = 制度(成人)+ 実態(一人前としての認知)
現状認識:大学生は制度上は大人、しかし実態は子どもに近い過渡期にある。
展望:大学での学びを通じて、実態を「大人」へと近づける努力が求められる。
これを元に解答を作成してみましょう。
なお、解答は、限られた試験時間内でかつ高校生でも書きうるレベルに調整しています。
解答例1
今日、法的な成人年齢が18歳に引き下げられたことで、多くの大学生は制度上「大人」となった。しかし、実社会において大学生が本当の意味で大人として認められているかと言えば、疑問が残る。私は、大人とは「制度上の権利を持つこと」と「社会的・経済的に自立し、一人前として認められること」の両方を満たした存在であると考える。この立場に立つと、大学生は制度上は大人でありながら、実態としてはまだ子どもの側面を残した存在であると言える。
法的な観点から見れば、大学生は確かに大人である。選挙権を持ち、親の同意がなくても契約を結ぶことができ、自分の行動に対して法的責任を負う立場にある。しかし一方で、大学生の多くは学費や生活費を親に支えられており、社会で働いた経験も十分とは言えない。そのため、社会に責任ある形で貢献している「一人前」とは見なされにくいのが現実である。このように、権利は与えられているが、実態が追いついていない点に大学生の特徴がある。
この状況は、学校における呼び方の違いにも表れている。中学や高校では「生徒」と呼ばれ、教えられる立場にあるが、大学では「学生」と呼ばれ、自ら学ぶ姿勢が求められる。スポーツの場面でも、指導を受ける側から、知識や技能を他者に伝えられる側へと成長することが大人になる条件の一つである。大学生とは、そのような立場の変化を経験し、大人へと近づいていく途中段階にある存在である。
以上より、大学生は「完全な大人」でも「子ども」でもなく、その間に位置する存在であると言える。ただし、この立場に甘え、責任から逃げ続けることは、社会の中で不利な立場に置かれる危険も伴う。したがって大学生という期間は、未熟さを理由に立ち止まる時間ではなく、法的な権利に見合うだけの自立を目指すための重要な準備期間として捉えるべきである。
(761字)
解答例2
大学生が「子ども」か「大人」かという問いは、一見単純に見えて実は極めて答えにくい。なぜなら、大学生とは年齢や経歴、社会経験において本来きわめて多様な存在だからである。最近では社会人の学び直しも増えているが、本論では日本における多数派である、高校卒業後にすぐ進学した十八歳から二十二歳の若者を大学生の定義として考えていきたい。
この定義に従えば、現在の大学生は制度上、明確に「大人」である。 法的な成人年齢が十八歳へと引き下げられたことで、多くの大学生は選挙権を持ち、親の同意なく様々な契約を結ぶことが可能となった。 自分の行動に対して法的な自己責任を負うという点において、大学生はもはや守られるだけの子どもではないと言える。
しかしその一方で、大学生が社会から完全な「一人前の大人」として認知されているかといえば、必ずしもそうではない。 現実には多くの学生が学費や生活費を保護者に依存しており、社会的な経験も不足している。 経済的に自立しておらず、社会に対して直接的な貢献を果たす段階にないため、世間からは「半人前」と見なされがちなのが実態である。 つまり、制度上の「権利」と実態としての「自律」の間には、大きな隔たりが存在しているのだ。
ここで注目したいのは、高校までの「生徒」から大学での「学生」へと呼称が変化する点である。 「生徒」が受動的に教えを請う存在であるのに対し、「学生」は自律的に学問を探究する主体を意味する。 私自身も、これまでの部活動の中で、指導者の指示を待つだけでなく、自ら課題を見つけて解決する過程で、精神的な成長を実感してきた。大学とは、こうした試行錯誤を繰り返し、自らの足で立つための準備を行う場であると考える。
以上のことから、大学生とは「大人か子どもか」という二分法で割り切れる存在ではないと結論づける。むしろ大学生とは、法的な責任を背負いながら、時間をかけて精神的・経済的な自立を勝ち取っていく「大人への移行期」そのものなのである。 私は大学生活を通じ、与えられた自由を単なる放縦とせず、社会に貢献できる真の大人へと成長する責任を果たしていきたい。
(762字)
投稿者

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