慶應文学部2026年英語:解答速報と全文和訳 / 言語が思考を決めるのか?
2026年2月15日に行われた、慶應義塾大学文学部一般選抜の英語の入試問題の解答速報と全文和訳を掲載しています。
慶應文学部2026英語概要:言語は思考にどれほど影響力を持つのか?
- 題名:Talk Sense
- 著者:マンヴィル・シン / Manvir Singh (2025)
- 単語数:2,100語程度
雑誌「ニューヨーカー」の2024年12月30日・2025年1月6日合併号がおそらく出典です。

ニューヨーカーは「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーや「ティファニーで朝食を」のトルーマン・カポーティを輩出するなど、いわゆる"知的な"読み物を掲載する雑誌です。
出題のタイトルは"Talk Sense"となっていますが、真のタイトルはこちらといえるでしょう。
Annals of Inquiry
How Much Does Our Language Shape Our Thinking?
English continues to expand into diverse regions around the world. The question is whether humanity will be homogenized as a result.
December 23, 2024
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探究の記録(*編集注:The New Yorkerのコラムの名称、朝日新聞の「天声人語」的な)
私たちの言語は、私たちの思考をどれほど形作るのだろうか?
英語は、世界中の多様な地域へと広がり続けている。その結果として、人類の思考や文化は均質化してしまうのだろうか。それが問われている。
2024年12月23日
ここまで読むと、少し入試問題あるあるのテーマになってきました。
いわゆる言語学や言語論の話で、少数話者の言語消失や共通言語としてのリンガフランカがテーマになってそうです。
この辺は、ポラリスやルールズをはじめ、多くの長文問題集でも扱われているテーマとなっています。
白って200色あんねん
一方、言語が思考を規定する、の部分は初めて聞いた受験生もいたかもしれません。
近代言語学の父と呼ばれたソシュールは、「言葉が世界を分節する」と言いました。言い換えると、言葉が存在しないものを、我々人間は認識できないのです。
アンミカさん有名な言葉に「白って200色あんねん」とありますが、それぞれの名前と違いを認識しない限り、200色を見分けることができません。
雨の多い日本では、夕立、霧雨、五月雨、時雨、狐の嫁入り、など様々な雨の名称があります。しかし、雨が少ない国では、ここまでの分類はせず、ざっくり空から水分が落ちてくる現象、と一括りになっているかもしれません。
この様に、言葉は人間の認識に大きな影響を与えます。今回の文書は、言語体系によって思考まで変わるのか?といった内容です。
有名な話だと、英語には未来形が存在しますが、中国語には未来形が存在しません。(語形変化がないだけで、もちろん未来の表現方法はあります)
そういった言語的特徴が、考え方まで規定するのか?という話です。
映画「メッセージ」1発で理解できる
今回の考え方、思考フレーム、概念的な部分の理解が難しかったら、"お菓子の ばかうけ"みたいでお馴染みの映画「メッセージ」を見てみてください。
ほぼまんま今回のテーマを扱っています。言語学者の主人公が地球外の言語を獲得していく過程で、世界の見え方や認識も変わっていく話です。映画自体も素直に面白いのでオススメです。
慶應文学部2026英語:出題前の部分
元ネタを見てみると、実は出題されている箇所の前に、イントロ部分があります。
読み物として面白かったので、和訳して紹介します。
私たちの言語は、私たちの思考にどれほど影響力を持つのだろうか?
— マンヴィル・シン
時間というものをどのように捉えるかといった基本的なことさえ、あなたの言語に特有のものかもしれない。
2010年、インドのウッタル・プラデーシュ州のある村に、新しい女神が現れることになった。高さは約2フィート(約60センチ)、青銅で鋳造された像だった。その姿はヒンドゥー神話の神々とはまったく似ていなかった。
ドゥルガーの鮮やかなサリーやラクシュミーの豪華な宝石の代わりに、彼女はつばの広い帽子をかぶり、自由の女神のようなローブをまとっていた。ライオンや白鳥に乗っているのでもなく、彼女はデスクトップコンピューターの上に立っていた。剣や槍の代わりに、片手にはペンを、もう片方の手には、法的な平等を約束するインド憲法を持っていた。彼女の名は「アングレージー・デーヴィー(英語の女神)」であり、インドのダリット、すなわち「不可触民」のために作られたものだった。
*ダリット=不可触民:ヒンドゥー教カースト制度の外に置かれた被差別民。日本でも士農工商の他に穢多や非人の身分があった。
「英語の女神はダリットに力を与え、何世紀にもわたる抑圧から解放される機会を与えることができる」と、その創造者であり著名なダリット作家であるチャンドラ・バン・プラサードは宣言した。彼は英語をダリットにとって非常に価値のある資源と見なしていた。
「英語を話すダリットが、溝や道路の掃除を期待されるだろうか?」と彼は問いかけた。「英語を話すダリットが、地主の農場で下働きをすることに満足するだろうか?」無神論者である彼は、英語をダリットのアイデンティティに組み込むためにこの女神を設計した。それによって、自分たちの人々を封建的で従属的な地位から、近代的で自立した地位へと押し上げようとしたのである。「英語を学ぶことは、世界がこれまでに見た中で最大の大衆運動となっている」と彼は書いている。
彼の言うことには一理あった。推定15億人、つまり人類の約5人に1人が英語を話しており、それは人類史上もっとも広く使われている言語となっている。英語は国連、NATO、世界貿易機関(WTO)、欧州連合(EU)で公用語の地位を持ち、「世界の支配的な共通語(リンガ・フランカ)」として君臨している、とローズマリー・サロモンは著書の中で書いている。
英語を学ぶことが、インドにおいてはカーストの呪縛から脱出する手段になっている。そこから、英語の巨大な影響力の話になっています。

慶應文学部2026英語:解答速報と解説
- (D) synonymous
- (ア) arbiter
- 言語が思考を完全に決定するという強い言語決定論を退け、言語は思考を拘束するものではなく、時間や空間などの抽象的概念の捉え方に影響を与え、その理解の仕方や注意の向け方を一定の方向へと穏やかに導く枠組みを提供するにとどまるとする考え方。(116字)
- 言語は単なるコミュニケーションの道具以上のものであり、抽象的なものを具体化し、時間のように根源的な概念を理解するための枠組みを提供してくれるのである。
- かつては普遍的だと思われていた時制や人称代名詞、さらには名詞と動詞の区別といった他の言語的特徴も、より多くの言語を詳細に調査すると、欠落していることが判明したのである。
- (b) multiply
- ロシア語では青を異なる語で区別し、ジャハイ語では英語にない嗅覚語彙を持つように、言語ごとに存在する色彩や感覚などの表現における微妙で細かな意味の違いのこと。(74字)
詳細解説
(1)空所補充
和訳は「彼の名前は、言語が思考にどう影響するかという理論の(1)となった」です。第2段落の内容から、ベンジャミン・リー・ウォーフの名前とその理論が密接に結びついていることを表す形容詞が必要です。
synonymous with 〜 で「〜と同義である、〜の代名詞である」という熟語を入れます。
(A) 相反する (B) 異質な (C) 似ている
第4段落の2文目がまさに言い換えとなる文章で、そこの「マスコット」から正解に至ることもできます。
2段落:his name has become synonymous with a theory about how language affects thought
彼の名前は 言語が思考に影響を与えるという理論の 代名詞となってきた
4段落:Whorf has since become the mascot of linguistic determinism
ウォーフはそれ以来、言語決定論のマスコットとなってきた
(2)空所補充
「言語が思考の究極の(2)であるという立場」です。
第4段落で説明されている「言語決定論(linguistic determinism)」、つまり「言語が思考を支配し、決定する」という主張を補完する単語を選びます。
arbiter は「裁定者、決定権を持つもの」という意味で、ここでは言語が思考を最終的に規定するというニュアンスで使われています。
(3) 下線部「ネオ・ウォーフ主義」の説明
この設問で含めるべき要素は以下3点。
① 強いウォーフ主義の否定→思考を完全に決定するわけではない
② 言語の役割→抽象的概念の理解の枠組みを提供
③ 影響の性質→「決定ではなく、穏やかに導く」
比喩表現である「くびきと風」は、
- くびき→拘束
- 風→穏やかな影響
ぐらいにすると良いでしょう。
(4) 下線部和訳
More than A、help + 動詞原形 、the + 形容詞、文末の分詞構文、 比較as A as B、といった重要文法が盛り込まれた良い問題でした。
More than communication tools, languages help concretize the abstract, providing frameworks for making sense of concepts as fundamental as time.
文の骨格は
Languages help concretize the abstract.
言語は 抽象的なものを具体化することに 役立つ。
the + 形容詞 で「〜なもの」「〜な人々」という名詞になります。(超重要)例:the rich=富裕層、the poor貧困層、the unknown=未知のもの。
そのため、the abstract = 抽象的なもの、とします。
強調のため前に出てきた"More than communication tools,"に、省略されてる主語を補うと、
Languages are more than communication tools.
言語は 単なるコミュニケーション手段以上のもの である。
後半は、現在分詞による分詞構文で、主語は languagesです。
providing frameworks for making sense of concepts as fundamental as time
文末の分詞構文は、「Vしながら」か「そしてVする」で大概対処できます。今回は、後者「そしてVする」を採用します。
構文重視の直訳
言語は、単なるコミュニケーション手段以上のものであり、抽象的なものを具体化するのを助け、時間のように根本的な概念を理解するための枠組みを提供する。
あとは時間が許せば、意訳して自然な和訳を目指します。
(6) 空所補充
該当文は「エヴェレットの本は、そうした発見に満ちており、それは言語を隔てる考えうる違いを(6)させている」となります。
これまでの研究(時間、嗅覚、色彩など)によって、言語間の違いが想定以上に多様で数多いことが判明したという流れなので、数や多様性を増やす意味の multiply(増殖させる、増やす)を選びます。
(7) subtle distinctionsの説明
英語と比較されている言語の具体例(ロシア語の青の区別、ジャハイ語の抽象的な臭い表現、アイマラ語の時間の捉え方などから2つ以上)を盛り込みます。
英語では区別しない青を区別するロシア語や、匂いを豊富な語で表すジャハイ語のように、言語ごとに存在し、世界の認識に影響を与える微細な違い。
第19段落の結論部分「無数の小さな効果が大規模なパターンを作る」という要旨を入れるか迷いますが、60~75字と短いので、無理に入れなくて良いと判断しました。
慶應文学部2026英語:全文和訳
逐語訳というより大意です。参考までにどうぞ。
意味段落と思われる箇所ごとにブロックにしています。
| 範囲 | 役割 | ポイント |
| ①〜② | 導入 | 言語は思考に影響するのかという問題提起と、ウォーフ理論の歴史的背景の提示。 |
| ③〜⑥ | 理論的転換 | 強いウォーフ主義(言語決定論)の誤解と批判。ただし完全否定はしない。 |
| ⑦〜⑩ | 中心主張 | 新/弱いウォーフ主義の提示。言語は思考を「決定」ではなく「方向づける」という筆者の主張。 |
| ⑪〜⑬ | 証拠① | 「時間」の比較研究。言語が抽象的概念(時間)を空間的に理解する枠組みであることを示す。 |
| ⑭〜⑰ | 証拠② | 「嗅覚」の研究。言語が感覚認識と表現能力に影響することを示す。 |
| ⑱〜⑲ | 結論 | 言語間の無数の小さな違いが積み重なり、最終的に人間の認識のあり方を形作っている。 |
1~2段落:問題提起とウォーフの理論
今回のテーマや問題提起をして、ウォーフの理論を説明している箇所です。
まず筆者は、「言語そのものが話者の思考に影響を与えるのか」という根本的な問いを提示します。その後、この問題の中心的人物であるベンジャミン・リー・ウォーフを紹介し、その評価は単純ではないことを示します。
- ① 言語が思考に影響するかという問題の提示
- ②ウォーフの理論の紹介
1段落
言語が思考に影響を与えること自体には、誰もが同意できるだろう。もし私が「ペットのアナグマを1匹と、カナリアを22羽飼っている」と言ったら、あなたは私の家庭生活について新たなイメージを持つはずだ。本当の問題は、言語そのものに、話者の思考の仕方に影響を与えるような特徴があるのかどうかである。たとえば、1か月間スペイン語で会話を続ければ、物がより「性別を持ったもの」のように感じられるようになるのだろうか?英語を話すことはヒンディー語を話す場合よりも、カースト意識を弱め、その代わりに資本主義的な考え方を強めるのだろうか?
2段落
今日、このような問いはたいてい、1930年代にイェール大学で言語学を学んだ火災保険の査定官、ベンジャミン・リー・ウォーフと結び付けられている。歴史は彼に対して、親切でもあり、不親切でもあった。一方で、彼の名前は言語が思考に影響を与えるという理論の代名詞となったが、この理論自体は少なくとも1世紀前から存在していた。他方で、彼に帰されることの多いその理論のバージョンはあまりにも過激であるため、現代の学者の多くは、たとえ名誉であってもそれを自分のものとはしたくないだろう。
第1段落
- casteist:カースト主義の、カースト制度を支持する
第2段落
- synonymous with:〜と同義である、〜の代名詞である
- predate:〜より(時間的に)前に起こる、〜に先行する
- attribute A to B:AをBのせいにする、AをBの著作とする
3~6段落:ウォーフ主義への批判
ウォーフ自身は、言語と思考の間に「一定の関連」があると慎重に主張していました。しかし後に、言語が思考を完全に決定するという極端な「言語決定論」として解釈されるようになります。
さらに、スティーブン・ピンカーなどの認知科学者がこの強い説を批判し、それが誤りであることを指摘します。ただし筆者は、完全に誤りとは言い切れない可能性を示し、次の話題への転換します。
- ③ ウォーフ自身は慎重な立場だった
- ④しかし後世では極端な言語決定論として誤解された
- ⑤ ピンカーらによる強いウォーフ説の否定
- ⑥ しかしウォーフ説は完全に誤りとは言えない
3段落
ウォーフは、「習慣的思考と行動と言語の関係」という論文の中で、自らの見解を示した。英語話者が時間を、数量化したり分割したりできる「物」のように語るのに対し、ホピ語話者は時間をより連続的な過程として捉える(とウォーフは考えていた)という違いを対比し、こうした言語の違いが、それぞれの集団の時間の流れの理解の仕方の違いに寄与しているのではないかと示唆した。彼の主張は大胆ではあったが、同時に慎重でもあった。彼は言語と行動の間には、単に「追跡可能な類似性」があるだけで、決定的なものではないと述べ、「相関関係のような明確なものが存在するなどと主張するつもりはまったくない」と強調していた。
4段落
残念なことに、そうした(ウォーフの主張にあった)微細なニュアンスはたいてい忘れ去られてきました。ウォーフはそれ以来、「言語決定論」――すなわち、言語こそが思考の究極の裁定者であるという立場の象徴となってしまいました。
時として「ウォーフ主義」と呼ばれるこの考え方は、すぐに理屈に合わない極論へと陥ります。もし自分の話す言語に適切な未来時制がなければ、明日のことは想像もつかなくなり、特定の感情を表す言葉がなければ、その感情を抱くことも決してない、というわけです。
言葉を話す前の乳児やオランウータン、その他言語能力を持たないあらゆる生き物は、必然的に、多くの基本的な知的操作を行う能力がないということになってしまいます。
5段落
ウォーフ主義は、容赦ない批判の標的となってきました。ハーバード大学の認知科学者スティーブン・ピンカーは、ウォーフ主義の誤謬について多くを語っています。彼は、適切な言葉を探したり、既にある直感に対して新しい用語を編み出したりといった日常的な経験が、言語が常に思考に先行するという考えをいかに無効にするかを示しました。彼は著書「言語を生みだす本能」(1994年)の中で、ウォーフ主義は「間違っており、全面的に間違っている」と結論づけています。
6段落
ウォーフの主張の最も過激な解釈について語るのであれば、それは妥当な評価です。しかし、最新の研究から明らかになりつつある実態は、より複雑なものです。ウォーフ主義は間違っています。しかし、完全に間違っているわけではないのです。
第3段落
- lay out:〜を提示する、提示する
- quantify:〜を数値化する、量を測る
- temporal flow:時間の流れ
- traceable affinity:跡付け可能な類縁関係、関連性
- ironclad:鉄壁の、厳格な、ゆるぎない(iron=鉄に clad=覆われた)
- be the last to do:決して〜するような人ではない
第4段落
- linguistic determinism:言語決定論(言語が思考を決定するという考え)
- arbiter:裁定者、決定権を持つもの
- dissolve into:〜に解消する、〜に陥る
- absurdity:不条理、ばかげたこと
- tense:(文法の)時制
- inconceivable:想像もつかない、信じがたい
- by implication:暗黙のうちに、含意として
第5段落
- relentless:容赦ない、絶え間ない
- fallacy:誤った考え、謬説(びゅうせつ)
- intuition:直感、直観
- invalidate:〜を無効にする、正当性を失わせる
- precede:〜に先行する、〜より先に起こる
7~10段落:新ウォーフ主義の導入 / 言語は思考を方向づける
6段落末の転換を受けて、新しいウォーフ主義を説明しています。
多言語話者の経験や実験研究をもとに、言語は思考を決定するのではなく、「ある方向へと傾ける」ものだという見方が提示されます。この立場が新/弱いウォーフ主義です。
ロシア語の色彩認識の研究などは、言語の違いが認知に小さな差を生むことを示しています。同時に、その差は限定的であるという批判も紹介され、主張にバランスを取ろうとしている感じがあります。
- ⑦ 多言語話者の体験的証言
- ⑧ 新/弱いウォーフ説の定義
- ⑨ 色彩知覚の実験証拠
- ⑩ 他の研究と批判的見解
7段落
「私が話す言語のそれぞれは、独自の音のパターンや単語の配列方法だけでなく、独自の社会的習慣や、何を許し、何を非難し、何を崇めるべきかという判断基準も伴っている」と、ジュリー・セディヴィは著書「言語愛好家:言語を愛した人生」に記しています。
かつてチェコスロバキアだった国に生まれたセディヴィは、オーストリアとイタリアを転々とした後にモントリオールに落ち着くまで、まさに「言語的な大混乱(ベドラム)」の中で育ちました。彼女は幼稚園に入るまでに5つの言語に親しみ、その後、人々がいかに言語を学び、処理するかを研究する道に進みました。
彼女の本には科学的知見が満ちあふれていますが、一つ認識の手段として、それは個人的経験と共存しています。出来上がったその本は、標準的な科学解説書というよりは、言葉を愛し、飼い慣らし、そして忘れることについての熱烈な回顧録のような趣があります。彼女は、自分が話す異なる言語が、それぞれ独自の認知スタイルが結びついていると感じており、それらを主役の座を争って言い争う複数の人格に例えています。
「私はいくつもの声が重なり合う不協和音であり、それらは互いに影響を及ぼし合い、時には助け合い、時には邪魔をし合いながら、常に自らの縄張りを争っているのです」と彼女は書いています。
8段落
彼女のような多言語話者(ポリグロット)の証言は、ウォーフの考えに対して、より洗練された解釈を促してきた。言語は、私たちを縛る軛(くびき)というよりも、さまざまな方向へとそっと押しやる風のようなものだとしたらどうでしょうか。この穏健な立場は、ウォーフ本来の見解により近いものであり、「弱いウォーフ主義」、あるいは逆説的に「新ウォーフ主義」と呼ばれています。
9段落
こうした新ウォーフ主義の研究の中には、すでに古典となっているものもあります。心理学者ジョナサン・ウィナワーが主導し、2007年に発表された研究は、英語では「blue」という一語で表す色を、ロシア語では「ゴルボーイ(明るい青)」と「シーニー(濃い青)」という2つの基本色名で区別するという事実を利用しました。実験の結果、ロシア語を話す人々は、その語彙の区別に対応する色の濃淡を識別する際、英語を話す人々よりも速いことが証明されました。
10段落
他にも、たとえば時間の長さの表現(英語のように「長い・短い」と表現するか、ギリシャ語のように「大きい・小さい」と表現するか)や、出来事の順序(英語のように「BがAの後に続く」と言うか、中国語のように「BがAの下にある」と言うか)といった言語間の違いを利用し、それらの違いが実験課題における成績と相関するかどうかを検証する研究があります。
しかし、多くの言語学者は依然として懐疑的です。コロンビア大学のジョン・H・マクウォーターは、反ウォーフ主義的論争書「言語の罠(The Language Hoax)」(2014年)の中で、こうした研究は主に「心理学実験という過度に保護された環境の中で見られるような、ごくごくわずかな違い」を示しているにすぎないと述べています。
第7段落
- condemn:〜を強く非難する
- revere:〜を崇める、敬う
- bedlam:大混乱、騒乱
- be acquainted with:〜を知っている、〜に精通している
- suffuse:〜を満たす、〜にみなぎる
- rhapsodic:熱狂的な、狂詩曲風の(カタカナで「ラプソディ」になっている言葉)
- meditation:瞑想、熟考、黙想録
- tame:〜を手なずける、飼いならす
- distinct:はっきり異なる、独特の
- bicker:口論する、言い争う
- cacophony:不協和音(caco=悪い phony=音)
- get in someone's way:〜の邪魔をする、〜の道をふさぐ
- vie for:〜を求めて争う
- turf:縄張り、領土、芝生
8段落
- polyglot :多言語話者
- yoke :くびき、束縛
- nudge :肘でつつく、促す
- in line with ~ :~と一致して、~に沿って
9段落
- lexical:語彙の
- lexical distinction:語彙の区別
10段落
- temporal duration :時間の長さ
- ordering of events :出来事の順序
- experimental task :実験課題
- unimpressed :感銘を受けない、懐疑的な
- polemic :論争的著作
- eensy-weensy :ごく小さい
- cosseted :過保護の
11~13段落:証拠① 言語によって異なる時間の捉え方
時間の認識が言語によって異なることが示されます。
例えば、アイマラ語では「過去は前にあり、未来は後ろにある」と考えられます。また、時間を空間と結びつけない言語も存在します。これらの例は、言語が抽象的な概念を理解する枠組みとして機能していることを示しています。
- ⑪ 時制の違い
- ⑫ 空間メタファーの違い
- ⑬ 空間メタファー自体が存在しない言語
11段落
マイアミ大学の人類学者であり心理学者でもあるケイレブ・エヴェレットは、「無数の言葉(A Myriad of Tongues)」(ハーバード大学出版)において、別の結論に達しています。
エヴェレットの著書は、言語がいかに驚くべき方法で異なっているか、そしてその違いがいかなる重要性を持ち得るかについて書かれたものです。
彼はまず、ウォーフの得意なテーマである「時間」から論じ始めます。英語を話す人は本能的に時間を「過去・現在・未来」のカテゴリーに分けますが、多くの他の言語はそうではありません。
エヴェレットが20年前に研究したアマゾンの言語カリティアナ語には「未来」と「非未来」の2つの時制しかありません。一方、同じくアマゾンのヤグア語には8つの時制があるようで、その中には「1ヶ月から1年前の間に起きた出来事」のための時制や、「今まさに起きようとしている出来事」、さらには「もっと先の未来に起きると予想される出来事」のための時制などが含まれています。
12段落
ウォーフ主義にとってより関連深いのは、人々が時間を整理するために用いる比喩です。英語話者の場合、時間は空間的に理解されており、通常、過去は「私たちの後ろ」に、未来は「前方」にあります。
ボリビアやペルーの先住民数百万人が話すアンデスの言語、アイマラ語も同様に、時間について語る際に空間を用いるが、視覚に関する比喩を好みます。アイマラ語では、nayra(ナイラ)、すなわち「昨年」は、文字通りには「私に見える年」といった意味に翻訳されます。したがって、目に見える過去は話者の前方に位置し、一方で目に見えない未来は後ろに控えていることになる。Ancha nayra pachana(アンチャ・ナイラ・パチャナ)、すなわち「ずっと昔」は、大まかには「私のずっと前にある時間」と訳すことができる。
研究者が人々の会話のビデオを分析したところ、これらの比喩が身振りにも影響を与えていることに気づいた。流暢なアイマラ語話者は、未来について話すときは後ろを指さし、過去について話すときは前を指さしたのである。同じ地域のスペイン語話者はこれとは逆のパターンを示しており、このことは、言語が、話者がどのように時間を空間に対応させるかを規定していることを示唆しています。
13段落
一部の認知科学者は、地域ごとの特異性がどうあれ、すべての人間は空間的なメタファーを用いて時間を推論するものだと仮定してきた。しかし、少なくとも一つの言語、トゥピ・カワイブ語には、左から右、後ろから前、あるいは下り坂から上り坂といった、時間と空間の間の対応付け(マッピング)が明らかに欠けています。
トゥピ・カワイブ語の話者に、一年の季節を図示するために物体を並べるよう求めたところ、研究者たちは話者が作り出した配置を理解するのに苦労した。言語は単なるコミュニケーションの道具以上のものであり、抽象的なものを具体化し、時間のように根源的な概念を理解するための枠組みを提供してくれるのである。
11段落
- anthropologist: 人類学者(anthropo=人間、で覚える)
- arrive at a conclusion :結論に至る
- myriad :無数の(たしかギリシャ語の1万)
- cover a topic:話題を扱う
- tense: 時制
12段落
- loom:迫る、立ちはだかる(loom room 迫る部屋、で覚えよう)
- configure :形作る(いわゆるフィギュアはここから)
- map A onto B :AをBに対応させる
13段落
- quirk :特徴、癖
- reason about ~: ~について推論する
- organize objects :物体を並べる
- chart out ~ :~を示す
- concretize :具体化する
- abstract :抽象的な
- make sense of ~: ~を理解する
14~17段落:証拠② 感覚の認識に対する言語の影響
一つ前は時間でしたが、今回は感覚、特に嗅覚の話です。
ジャハイ語には抽象的な匂い語彙が豊富にあり、話者は匂いを正確かつ一貫して識別できます。さらに「コーダビリティ」という概念を用いた研究により、どの感覚が言語化しやすいかは言語によって異なることが明らかになります。
これは、人間の感覚認識が普遍的ではないことを示しています。
- ⑭ ジャハイ語の豊富な嗅覚語彙の紹介
- ⑮ 実験でジャハイ話者が優れていることを証明
- ⑯ コーダビリティの概念説明
- ⑰ 多言語比較で大きな差があることを証明
14段落
エヴェレットが扱っている多くのテーマ――それには空間、数、物体の分類などが含まれるが――の中で、おそらく最も魅力的なのは感覚に関する語彙である。西洋の文筆家たちは長らく、人間には特定の感覚を表現する能力が本質的に限られており、なかでも嗅覚は最も言葉で捉えにくいものだと考えてきた。私たちは、色(赤、青、黒)や音(高い、低い、大きい)については抽象的に語ることができる。しかし、臭いに関しては、通常「発生源に基づいた」言及(「刈り取ったばかりの草のような」など)を行う。
しかし、現在はオックスフォード大学に所属する認知科学者のアシファ・マジドと、スウェーデンのルンド大学の言語学者ニクラス・ビューレンフルトは、そうである必要はないことを示した。彼らは、マレーシアとタイの国境付近に住む狩猟採集民であるジャハイ族が、臭いに関する抽象的な語彙を豊富に持っていることを発見した。マジドとビューレンフルトの報告によると、ジャハイ語の単語の一つ itpit は、「ドリアン、香水、石鹸、沈香(じんこう)、そしてビントロング(ジャコウネコの一種)の強烈な臭い」を指す。また別の単語 cnes は、「ガソリン、煙、コウモリの糞とコウモリの洞窟、ある種のヤスデ、野生のショウガの根、ショウガ科の植物の葉、マンゴーの木の匂い」に適用される。
その後の研究により、ファン語、クメール語、スワヒリ語、サポテク語など、少なくとも他の40の言語においても、膨大な嗅覚語彙が存在することが明らかになっている。
15段落
それは(単なる語彙の有無以上の)違いを生む。マジドとビューレンフルトが10年前に行った研究では、ジャハイ語話者と英語話者に、シナモン、テレビン油、ガソリン、タマネギを含む12種類の臭いを特定し、名前を付けるよう求めた。英語話者は、これらの臭いにより馴染みがあったにもかかわらず、言葉に窮した。彼らの回答のほとんどは、発生源に基づいた、とりとめのないものであり、回答者間での一致もほとんど見られませんでした。
シナモンを提示されたある英語話者はこう答えた。
「なんて言えばいいかわからないな、甘い、そう。あのガムみたいな味だ、『ビッグ・レッド』か何かのような味がする……なんて言いたいんだろう?言葉が出てこない。ああ、あのガムの匂いだ、ビッグ・レッドみたいな。そう言っていいかな?いいよ。ビッグ・レッドだ。ビッグ・レッド・ガムだ」。
対照的に、ジャハイ語話者は比較的容易に匂いに名前を付けた。彼らは抽象的な語を用い、回答が一致する傾向もはるかに高かった。追跡調査では、ワインやコーヒーの専門家も、ワインやコーヒー以外の臭いを与えられると、初心者と同様に成績が振るわなかった。このことは、ジャハイ族の優れた能力が単に香りに注意を払う訓練の結果ではないことを示唆している。むしろ、抽象的なラベルを用いて嗅覚の世界を分類するという日常的な行為が、馴染みのあるものもそうでないものも含め、あらゆる臭いをジャハイ族が理解する方法を変えているようなのです。
16段落
嗅覚に関するこの研究は、人間がいかに感覚について語るかという科学的定説を覆してきた、マジドが中心となって進めている大規模な研究プログラムのごく一部に過ぎません。少なくともアリストテレス以来、多くの著述家が感覚の階層性を仮定してきました。すなわち、視覚と聴覚が私たちの心にとって最も顕著であり、言葉にすることも最も容易であり、その後に味覚、触覚、そして最後に嗅覚が続くというものである。
マジドとその同僚たちは、この説に異を唱え、「コーダビリティ(符号化可能性)」と呼ばれる尺度を開発しました。これは、ある感覚がいかに容易に表現されるかを示すものです。ある言語共同体のメンバーが、とある一つの刺激を説明するために、1~2個の抽象的なラベルに収束する場合、コーダビリティは高い。例えば、英語話者に一時停止標識の色を尋ねれば、高いコーダビリティが期待できるだろう。
対照的に、例えば英語話者にルタバガ(西洋カブの一種)の匂いを説明するよう求めた場合のように、人々が多様で、冗長で、その場しのぎの説明しかできない場合、コーダビリティは低くなる。
17段落
マジド氏と彼女のチームは、互いに関係のない3つの手話を含む、20の広範囲にわたる言語において、五感のコーダビリティ(符号化可能性)を測定しました。サンプルの中で唯一の西欧の話し言葉である英語は、視覚と聴覚において高いコーダビリティを示し、それ以外の感覚については低いコーダビリティを示す唯一の言語でもありました。研究者たちは「激しいばらつき」が支配的であることを発見しました。
英語話者は、触覚(紙やすり、フェルト、ゴムなどに対する反応)について語る際に言葉に窮しましたが、マリのドグル・ドム語やガーナのシウ語といった特定の言語の話者たちは、その説明において一致する傾向がありました。ラオス語、ペルシャ語、ユカテク語、広東語を含む多くの言語において、味覚が最も表現しやすい感覚であることが判明しました。
14段落
- inherently :本質的に
- olfaction :嗅覚
- elusive 捉えにくい(2025年慶應文学部では設問で出題された)
- source-based 発生源に基づく
- needn't be the case 必ずしもそうである必要はない
- subsequent :その後の
- lexicon :語彙(9段落でもlexicalで登場したやつ)
- among them :その中には~も含まれる
15段落
- falter ためらう、うまくできない、躓く
- rambling とりとめのない、回りくどい
- converge 収束する、一致する
- follow-up study 追跡研究
- novice 初心者(フィギュアスケートのクラスにもある)
- attend to ~ ~に注意を向ける
- regular exercise 日常的な実践
- sort 分類する
第16段落
- scientific consensus :科学的定説
- posit :仮定する、想定する
- sensorial hierarchy :感覚の階層
- salient: 顕著な、目立つ(モーツァルトのライバルか天使のサリエルと絡めて覚える)
- verbalize :言語化する
- contest :異議を唱える
- thesis :仮説、主張
- converge on ~ :~に収束する
- protracted :長引いた
- ad-hoc :その場しのぎの
第17段落
- far-flung: 広範囲にわたる、遠く離れた
- rampant: 蔓延した、激しい、歯止めのきかない
- reign: 君臨する、支配する
- flounder: もがく、あがく、(言葉に)詰まる
- turn out to be: ~であると判明する
18~19段落:言語は微細だが影響は甚大
研究が進むにつれて、かつて普遍的と考えられていた多くの言語的特徴が、実は多様であることが明らかになってきました。
個々の言語の影響は小さいかもしれませんが、それらが無数に積み重なることで、人間の認識や思考のあり方に大きな影響を与えます。
筆者は、言語は思考を完全に決定するわけではないものの、私たちの世界の理解を確実に形作っていると結論づけています。
- ⑱ かつて普遍的と考えられていた言語特徴は普遍ではない
- ⑲ 言語は小さな違いの積み重ねで思考世界を形作る
18段落
研究者が英語やその近縁言語(スペイン語やドイツ語)、そして中国語やアラビア語といった、いわゆる「巨大言語」以外の言語に目を向けると、長い間不可能だと思われていた違いに遭遇します。20年前には、抽象的な嗅覚の語彙が存在するなどということは、馬鹿げていると思われていました。
ビューレンフルト氏は10年間ジャハイ語を研究し、その文法に関する博士論文まで執筆していましたが、マジド氏が彼に一連の課題を依頼するまでは、ジャハイ語話者の嗅覚に関する並外れた語り方は明らかになりませんでした。また、かつては普遍的だと仮定されていた時制や代名詞、さらには名詞と動詞の区別といった他の言語的特徴も、より多くの言語を精査すると、欠落していることが判明したのです。
同様に、概念を対応付けるために用いられる比喩についての私たちの認識も広がりました。英語は音の高低を垂直性の比喩(高い・低い)を用いて表現しますが、音楽認知の専門家による研究では、世界中の人々が、少なくとも35種類の他の対応付けを用いていることがわかりました。例えば「小さい・大きい」「目覚めている・眠い」「綺麗・醜い」「緊張・リラックス」「夏・冬」、そしてジンバブエの伝統的な楽器奏者の場合には、「ワニ」(低い音)と「ワニを追う者」(高い音)といった具合です。
19段落
エヴェレット氏の著書は、言語を隔てる考えうる違いを 増幅させる ような発見に満ちています。最近の学術文献のレビューにおいて、言語学者のダミアン・E・ブラジ氏は、マジド氏らと共に、英語が影響を与えていると思われる多くの認知領域をリストアップしました。それには、記憶、心の理論、空間推論、出来事の処理、美的嗜好、そしてリズムやメロディへの感性が含まれます。
言語は、いくつかの文法規則よりも、むしろ数え切れないほどの微妙な区別を通じて、私たちが生きる世界を形作る手助けをしています。個々の言語的特徴の効果はわずかであるというジョン・マクウォーター氏の指摘は正しかったのかもしれません。しかし、アイザック・ニュートンが微積分を編み出した際に気づいたように、無数の微小な効果が組み合わさることで、大規模なパターンが生み出されるのです。
第18段落
- behemoth:巨大なもの、巨大組織(ゲームにも出るベヒーモス)
- doctoral dissertation: 博士論文
- a battery of: 一連の、一組の(a lot ofと同じノリで覚える)
- turn up missing:存在しないことが判明する
- scrutinize::精査する、詳細に調べる
- acoustic pitch: 音のピッチ、音の高低
- cognition:認知
- verticality:垂直性
第19段落
- revel in: ~を大いに楽しむ、~を謳歌する、~に満ちている
- conceivable: 考えうる、想像できる
- cognitive domain: 認知領域
- theory of mind: 心の理論(他者の心の状態を推測する能力)
- subtle distinction: 微妙な区別、微細な差異
- calculus: 微積分
- innumerable: 無数の、数え切れないほどの
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